Wednesday, September 21, 2011

zakuro

一夜の木枯にざくろの葉は散りつくした。その葉は、ざくろの木の下の土を円く残して、木のまわりに落ちていた。

雨戸をあけたきみ子は、ざくろの木が裸になったのにも驚いたが、葉がきれいな円を描いて落ちているのも不思議だった。風に散り乱れそうなものだった。梢にみごとな果実があった。

「おかあさん、ざくろの実。」と、きみ子は母を呼んだ。

「ほんとうに…。忘れていた。」と、母はちょっと見ただけで、また台所へもどって行った。

忘れていたという言葉から、きみ子は自分達のさびしさを思い出した。縁先きになっているざくろの実も忘れて暮しているのだった。

半月ばかり前のことーーいとこの子供が遊びに来ると、早速ざくろに目をつけた。七歳の男の子が我武者に木を登るのに、きみ子は生き生きしたものを感じて、

「まだ上に大きいのがあるわよう。」と、縁から言った。

「うん、だって、取ったら、僕おりられないよう。」

なるほど、両手にざくろを持っては、木からおりられない。きみ子は笑い出した。子供が非常に可愛かった。

子供が来るまで、この家ではざくろの実を忘れていた。それからまた今朝まで、ざくろの実を忘れていた。

子供の来た時は、まだ葉のあいだにかくれていたが、今朝はざくろの実が空にあらわれていた。

このざくろの実も、落葉に円くかこまれた庭土も、凛と強くて、きみ子は庭に出ると、竹竿でざくろの実を取った。

熟し切っていた。盛り上る実の力で張り裂けるように割れていた。縁に置くと、粒々が日に光り、日の光は粒々を透き通った。

きみ子はざくろにすまなかったように思った。

二階に上って、さっさと縫物をしていると、十時頃、啓吉の声が聞えた。木戸があいていたか、いきなり庭の方へ廻ったらしく、気負い立った早口だった。

「きみ子、きみ子、啓ちゃんが来たよ。」と、母が大声に呼んだ。

あわてて糸の抜けた針をきみ子は針山に刺した。

「きみ子もね、啓ちゃんが出征する前に、一度会いたいって言い言いしてたんだけど、こちらからはちょっと行きにくいし、啓ちゃんもなかなか来てくれないしね。まあまあ今日は・・・。」

と、母が言っている。昼食でもと引きとめるが、啓吉は急ぐらしい。
「困ったわねえ。……これうちのざくろ、おあがり。」
そうしてまたきみ子を呼んだ。

きみ子がおりて行くと、啓吉は眼で迎えるように、その眼は待ち切れぬように、きみ子を見ているので、きみ子は足がすくんだ。

啓吉の眼にふとあたたかいものが浮びかかった時、
「あっ。」
と、啓吉はざくろを落した。

二人は顔を見合せて微笑した。
微笑し合ったことに気がつくと、きみ子は頬が熱くなった。啓吉も急に縁側から腰をあげて、
「きみちゃんも、体に気をつけてね。」
「啓吉さんこそ……。」と、きみ子が言った時は、もう啓吉はきみ子に横を向けて、母にあいさつをしていた。

啓吉が出て行ってからも、きみ子がちょっと庭の木戸の方を見送っていると、
「啓ちゃんもあわてものだねえ。勿体ない、こんなおいしいざくろを・・・」
と、母は言った。縁側に胸をあてて手を伸ばすと、ざくろを拾った。

さっき啓吉は、眼の色があたたかくなりかかった時、自分で気づかずに手を動かして、ざくろを二つに割ろうとしたはずみに、取り落したのだったろう。割れ切らないで、実の方をうつ伏せに落ちていた。

母はそのざくろを台所で洗って来て、
「きみ子。」と差し出した。
「いやよ、きたない。」
顔をしかめて、身をひいたが、ぱっと頬が熱くなると、きみ子はまごついて、素直に受け取った。

上の方の粒々を少し啓吉が齧ったらしかった。
母がそこにいるので、きみ子は食べないと尚変だった。なにげない風に歯をあてた。ざくろの酸味が歯にしみた。それが腹の底にしみるような悲しいよろこびを、きみ子は感じた。

そんなきみ子に、母は一向無頓着で、もう立ち上っていた。
鏡台の前を通って、
「おやおや、大変な頭。こんな頭で、啓ちゃんを見送って、悪かったわね。」と、そこに坐った。、

きみ子はじっと櫛の音を聞いていた。「お父さんが、なくなった当座はねえ。」
と、母はゆっくり言った。「髪を硫くのが、こわくって……。髪を疏いてると、つい、ぽんやりしちゃうのね。ふっと、やっぱりお父さんが、梳き終るのを待ってらっしゃるような、そんな気がしてね、はっとしたりすることがあってね。」

母がよく父の残しものを食べていたのを、きみ子は思い出した。

きみ子はせつない気持がこみあげて来た。泣きそうな幸福であった。

母はただ勿体ないと思っただけで、今もただそれだけのことで、ざくろをきみ子にくれたのだろう。母はそういう暮しをして来たので、つい習わしが出たのだろう。

きみ子は、秘密のよろこびに触れた自分が、母に恥ずかしかった。

しかし、啓吉に知られないで、心いっぱいの別れ方をしたように思い、また、いつまでも啓吉を待っていられそうに思うのだった。そっと母の方を見ると、鏡台を隔てる障子にも、日がさしていた。

膝に持ったざくろに歯をあてることなど、もうきみ子には恐ろしいようだった。

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